伊那市を内職日本一の街にする。
有限会社スワニー
伊那市富県にある有限会社スワニーは、先んじて導入した最先端の3Dシステムと時代の流れを巧みに掴んだ、ともすれば逆行とも思われかねなかった「内職ワークスペース」の確立で、一気に巨大化した時代のトップランナー。そんなスワニーを率いる代表取締役社長の橋爪良博さんと内職部門を支える横山 仁さんに成功までの道のりをお聞きしました。(文・宮下ちより)
いの一番に3Dシステムを導入
伊那市にある有限会社スワニーは、3代目社長、橋爪良博さんが率いる製品設計会社です。現在は、3Dデータを駆使して製品設計、部品試作、製品化を担い、自動車や医療、FAなど名だたる大手メーカーからスタートアップ企業に至るまで高い信頼を得ているスワニーですが、橋爪さんが継承する前のスワニーは主にメーカーからの受託を受けて粉体塗装を行う「ものづくり屋」でした。橋爪さんは事業継承したことを機に大きな投資をして最新のデジタルツールや工業向け3Dシステムを導入し現在の製品設計を得意とする「ものづくり屋」にと大きく生まれ変わりました。他に先んじてそれらを駆使し製品設計を行うことで、スワニーは業界内における今の地位と信用を勝ち得ました。
導入した3Dプリンターをはじめとする最新のデジタルツールは、製品設計のスピード感を根本的に塗り替えた、と橋爪さんは言います。そしてそれらは、迅速なものづくりを顧客に約束するだけでなく、若い技術者に失敗を恐れずにアイデアを繰り返し試す意欲を与えてくれたとも。それはつまり、デジタルツールを使いこなす若い技術者のスキルが、短期間で飛躍的に向上したことを意味しています。
わずか4日でフェイスシールドを商品化
そんなスワニーの、迅速に製品化するという手腕が発揮された近年の出来事は2020年のことでした。新型コロナウイルスがあっという間に世界中を席巻し、日本でも感染防止対策が急務となり、急ピッチで様々な対策が講じられ始めました。当時、マスクなどの感染症対策製品が品薄、異様な高値となり、臨時法案で規制がかかったことも記憶にまだ新しいと思います。
そんな中スワニーは、日本中がマスク不足、フェイスシールド不足と騒がれていた最中にデジタルツールと3Dプリンターを駆使しフェイスシールドの製作およびその提供に乗り出します。技術もノウハウも持つであろう大手メーカーが納入まで1~2カ月かかるといわれていた時に、なんとわずか4日間で各部品の設計から成形、組み立て・梱包まで完了し、市場投入を果たしたのでした。
部品の製造の実現に大きな役割を果たしたのは、言わずと知れた3Dプリンター。試行錯誤を繰り返す中での試作のみでなく、独自技術である3Dプリント樹脂型「デジタルモールド」としても活用しました。そして、完成したパーツを組み立てる工程で力を発揮したのが、スワニーをけん引するもうひとつの大きな力、「内職ワークスペース」部門の存在でした。この部門の特徴は、来ることができる時に来て、自分ができるだけの仕事をやってもらうという、まさに内職仕事を提供しようとしているということ。その誕生は、伊那市通り町商店街にシャッターを下ろしたままの店舗が増え始めた8年前に遡ります。実はスワニーの内職ワークスペース部門は、元々はそんな町の活性化のために作られた部門でした。
「内職ワークスペース」の誕生
スワニーは、本業である製品の設計から、実は生産まで行っている企業です。そしてそれは創業者である橋爪さんの祖父の時代からのこと。生産は、例えそれがほとんど利益にならないような小ロットであったとしても、契約した限りは、きちんと納品しなくてはならないことは、昔も今も変わりません。
祖父の時代の組み立て工程は、よく“内職さん”に助けてもらっていたことを覚えていた橋爪さんは、現在でも「内職ない?」「家でできる仕事ない?」「フルタイムで働くのは無理なんだよねぇ」という声が数多くあることに着目します。そうしてもう一つ、彼の目に留まったのが伊那市の通り町商店街の空き店舗でした。場所はある。人もいる。仕事もある。そんな3つの要素がピッタリと合致。補助金だよりでその場しのぎのイベントをやって一時は人が集まったとしても、それが終わればまた閑散とした商店街になってしまう。それよりも継続的に人が集まる場所をつくればいいのではないか。思い切って自前で市街地を活性化させてみようか―初めはそんな想いだけで突き進んだ橋爪さん発案の内職ワークスペースが、通り町商店街に誕生したのは2014年のことでした。
それから6年後、手狭になった通り町商店街から「allla(アルラ)」に移転したばかりの内職ワークスペースを使い、コロナ禍による緊急事態宣言下のために休業を余儀なくされていたホテルの従業員などを積極的に雇い入れ、社員も総出でフェイスシールドの組み立てに取り掛かったスワニー。膨大な注文を前にして、毎日のようにフェイスシールドの製造・組立・発送を繰り返し、その年、同社は過去最高の売り上げを上げることになります。
管理人として早8年
そんな内職ワークスペースの、開業当時から管理人を務める横山 仁さんに話を聞きました。すると驚くべき答えが。「私は何もしていません。働いてくれている人たちが全部やってくれるだけです」と、温厚そうな笑顔で、にこにこ笑いながら話してくださいました。
横山さんは、38年間、勤め上げた製造業を退職。その後、再雇用された職場も立派に勤め上げられた人物です。ご自身でも「そろそろのんびりしてもいいかな」と、そう思っていた時に、横山さんは友人からスワニーの内職ワークスペースの管理人という仕事の話を聞きます。「当時は、本当に軽い気持ちでやってみよう」と思っていたという横山さん。しかし気づけば早8年。もはや今では、会社にとっても橋爪さんにとっても、いなくてはならない管理人になっています。
「私が急に休んでも、ここのメンバーは言えば分かりますから(笑)。やっておいてくれるから大丈夫なんですよ」(横山さん)その自信たっぷりの言葉と態度から、8年にわたって横山さんが築き上げてきた人と人とのつながりと、そこに築かれている信頼関係がうかがえました。
人と人のつながりを大切に
内職ワークスペースは、多品種で一つひとつが小ロットの製品でも即座に対応ができるという利点がある一方、製造するのは自由出勤が基本の内職さんということで、品質管理をしっかり徹底させ、高品質の製品を安定的に供給するのが難しいという弱点があります。またバランスの取れた工賃の賃上げが難しいなど、課題はまだまだ多くあります。
現在、そんな内職ワークスペース部門の仕事は、スワニー本社からの製品の組み立てと県外企業からの製品の組立、地元企業からの依頼を受けている状況だと言います。開業当時は、内職ワークスペースというユニークなシステムがメディアにも取り上げられたため、働きたいという人が120名も殺到しました。しかし当時は、肝心の仕事量がそれほど多くはなく、スワニー本社の製品「ろくちゃん防犯ブザー」の組み立てのみが主な仕事という状況でした。そしてその組み立てが終わってしまうと、仕事がなくなってしまっていました。
「どこかに内職仕事はないか?」と橋爪さんや横山さんは、内職のための仕事探しに東奔西走。本当に苦労したと言います。その努力が実って、現在は地元企業からの依頼や県外からの生産から組み立てまで全て国内で行うMade in Japanの品質に高い評価をいただき、内職ワークスペースでは30種類以上の多種多様な商品の製造を行っています。
仕事探しをする上でもっとも重要なのは、行きつくところ昔も今も人と人とのつながりでしょう。「ここの会社にはこんな仕事があるよ」と、友人や地元の知人など、色々な人の助けがあり現在に至っていると二人は声を揃えます。
苦しい時からつながりのある企業は、現在も継続して仕事を出してくれているそうです。そんなところにも、人と人とのつながりと信頼関係がしっかりと構築されているスワニーという会社のすごさが伺えます。
内職さんじゃなくキャストさん
橋爪さんは、「『内職さん』なんてカッコ悪いじゃないですか。うちで働いてくれている人は皆さん『キャスト』さんですよ」と言います。内職という言葉には、どうしても暗いというイメージが付きまとう。だからスワニーでは、そんなイメージを払拭するために、キャストさんにお揃いのユニフォームを揃えたそうです。そして、それを着たキャストの皆さんは、それまで以上に活き活きと働いてくれているそうです。
当然、内職だから賃金は出来高制。行う作業も製品によって異なるそうです。当たり前のことではありますが、仕事内容によって単価も異なってきます。そこでスワニーでは、働くキャストさんに不公平が出ないよう、内職ワークスペースで働く人たちには基本的に同じ製品づくりをやってもらうようにしているといいます。
そんな環境だからか、キャストの皆さんはとにかく明るいそうです。「こうやったら作業がやりやすくなるよ」「この方が早くできるよ」と、お互いが知恵を出し合ってチームで仕事をしてくれているそうです。小さなお子様がいるお母さんキャストが、「急に子供が熱を出した時でもお休みしやすい。今までは家に閉じこもっていたけれど、例え短時間でも外に仕事に出ることによってストレス解消になっています。ここに来て、愚痴を聞いてもらってストレス解消させてもらって(笑)、おまけに自分のお小遣いになるなんて最高です」と笑顔で話してくださいました。管理人の横山さんも「来れる時に自分でできるだけの仕事をやってくれればいいよ」というのみ。それが内職の醍醐味なんです。
夢は中心市街地の活性化
「たかが内職されど内職」。橋爪さんは今、頭の中に夢が大きく広がっているといいます。その夢とは、日本中が抱える問題である中心市街地の活性化。伊那市の通り町商店街のように、今、各地で商店街がシャッター街になり、人が集まらなくなっています。店がないから人が来ないのか、はたまたその逆か。それはともかく、交流がなくなることによって、ますます市街地はさびれていってしまっています。
空き店舗という場所があり、仕事を求める人もいる。海外に依存していた仕事を地元に出してもらえれば、地元の活性化にもつながり価格競争だけではない新たな価値が生まれるはずと橋爪さん。伊那での成功を元に、この事例を日本各地に展開できるはずと真剣に考えています。
時代は、大量消費大量生産から少量生産やカスタマイズ対応へとすでに動いています。それと同時にスピード感をもった対応も求められています。これからのビジネスは、小回りの利いた仕事ができないと生き残ることはできないだろうと橋爪さんは言います。
そして、最後に強いのは人と人とのつながりと信頼関係ではないだろうか、とも。少量生産やカスタマイズ対応、そして迅速な対応がモットーの内職ワークスペースには、同時に人と人のつながりと信頼関係が確かに存在していました。「伊那市を内職日本一の街にする」。橋爪さんの夢の実現は、始まったばかりです。
有限会社スワニー(SWANY)
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