伊那市のここがすごい

『かんてんぱぱガーデン』がある幸せ

伊那食品工業株式会社

木漏れ日も心地いい「かんてんぱぱガーデン」の小径。これらをすべて、社員が維持管理して、来園者を楽しませてくれているのだ

伊那食品工業株式会社の本社や北丘工場の周囲に広がるガーデン(庭園)は、市民にも開放されています。そこは毎朝、社員が清掃を欠かさず維持管理に努め、多種多彩な山野草や花々、そこに息づく生き物たちとともに散策やショッピング、食事をしに訪れる人に極上のひと時を提供しています。2022年3月18日(金)には、「地元の人が、生活をもっと楽しめる要素を作りたい」(塚越英弘代表取締役社長)という想いから作られた複合商業施設「モンテリイナ」もオープン。伊那に『かんてんぱぱガーデン』がある幸せ、噛みしめてみませんか?(文・中村光宏)

社員手づくりのガーデン

ご存じの方も多いと思いますが、伊那市西春近には「かんてんぱぱ」ブランドで全国にその名を知られる寒天メーカー、伊那食品工業株式会社の本社があります。そしてその周囲には、『かんてんぱぱガーデン』として一般の来場者も楽しめる、総面積3万坪に及ぶ美しい庭園が広がっています。

 公式ホームページを見ると、トップページの「かんてんぱぱガーデンにこめられた想い。」と大書されたその下に、

伊那食品工業株式会社の本社・工場周辺の庭園を「かんてんぱぱガーデン」と呼びます。
働く社員や地域の人、訪れる人が安心して憩える空間を…という想いのもと、
「かんてんぱぱガーデン」は生まれました。
新緑や紅葉、山野草を皆さまに楽しんでいただいています。

という文章が。そう、このガーデンの素晴らしさは、元は社員に憩いの時間を提供するべく考えられたものであり、飲食店やミュージアムなどが建ち並ぶ今も、定期的に造園業者さんが管理しているようなお仕着せの商業施設ではなく、社員の皆さんが日々手入れし、時にはチェーンソーやシャベル、ツルハシを手に大掛かりな改修まで行い、愛情を込めて守り育てているという点にあります。

秋は紅葉で赤く染まるガーデン。高木を剪定する高所作業車まで用意されており、それも社員が動かして手入れするそうです

そんな、他の会社の人事担当者が見たら我が目を疑うような維持管理体制と、現在の姿になるまでのこと、そしてこれからの展望について、同社代表取締役社長の塚越英弘さんにお話を伺いました。

色づく木々からの落葉を早朝から清掃する社員の方々。早い人は自発的に7:30くらいに出社してはじめているというから驚きです

スウェーデンで感銘を受けて

「もともとこのガーデンは、現最高顧問が試薬の基材として使われる寒天の商談に行ったスウェーデンの製薬会社で、その会社のゲストハウスに宿泊した際、本社社屋との間に続く自然を活かしたアプローチに感銘を受けたことに端を発しています」(塚越英弘社長。以下略)

伊那食品工業株式会社 代表取締役社長 塚越英弘さん

当時の伊那食品工業は沢渡に本社工場があったのですが、同工場は当時の当たり前の考え方だった完全な効率重視設計。今と異なり建物に高い気密性など求めるべくもない時代でしたから、衛生面からも敷地内には木の1本すら無かったといいます。 しかしビジネスが伸長し、すぐ上の西春近の赤松林に本社、工場を新たに建設することが決定した1989年、「かんてんぱぱガーデン」の歴史がはじまりました。

伊那市西春近にある伊那食品工業の本社社屋。ガーデンの中に美しく溶け込んでいるだけでなく、木を多用した内装に癒される

「これは私どもの会社だけではありませんが、社員は、寝る時間を除けば1週間の半分以上をオン(仕事)の時間として使っています。その長い時間を、オフ(余暇)の時同様に心地よく、楽しく過ごせるようであるべきだ、という考えのもと、最高顧問はスウェーデンで味わった感動を伊那に再現したかったのだと思います」 

その時点で、同地に作られる庭園は市民をはじめとする一般の方々にも開放されることが決定しており、本社ビルが竣工する1年前の94年には、日本初となる寒天レストラン「さつき亭」が完成。96年には洋食レストラン「ひまわり亭」をオープンするなど、現在では園内各所に蕎麦屋や茶房も点在する食の発信地にもなっています。

写真は、2014年に新築移転された「そば処 栃の木」。打ち立ての信州そばを楽しめる。屋外のテラス席では、ペット同伴で食事することもできる

「実は、今でこそ専門の方々が運営していますが、立ち上げ当時は、これらの運営も社員がやっていました。食品会社ですから元々料理や食べることが好きな者も多く、専業でやりたいと言い出す社員も出てきて、実際に店主になった者もいたくらいです。かくいう私も、ホールに立って接客していたんですよ(笑)」

急な雨などの際に利用できる傘が、ガーデン内のあちらこちらに設置されている。どこで返してもいい。こういう心遣いも嬉しい

四季折々の美しさを満喫できる

散策を目的に訪れても、四季折々の美しさが随所に感じられる「かんてんぱぱガーデン」は、最高の時間を約束してくれます。管理が行き届いた赤松林の木漏れ日や、美しく色づいた紅葉の中を歩くだけでも最高の気分になれますが、足元にも是非注目して歩いてください。地下水をくみ上げ作られた、澄み切った池にはヒメダカがのんびりと泳いでいます。「めだかの学校」と名付けられた水面の上にはなぜか温度計が―そんな厳密な水温管理も社員の仕事。愛情を一身に受けたメダカの幸せそうなこと! その姿には、誰もが癒されることでしょう。

中央に見えるのが「めだか池(めだかの学校)」。地下からくみ上げる水源をひとつ、専用に使用しており、水辺ならではの植物の競演を楽しめます
めだか池には、いつも数十匹のヒメダカがのんびりと泳いでいます。アルプス山脈からの水をくみ上げた地下水は清冽なだけでなく水温も安定しているそうです

池の下流に設えられた湿地には早春、ミズバショウが白い大きな花を咲かせます。その近くでは可憐なワサビの花を見ることもできるはず。というように、自生していた多種多彩な山野草に加えて、社員たちが持ち寄って大切に育てている花々、「かんてんぱぱガーデン」のもうひとつの主役たちの清楚な美しさを愛でることもまた、ここでの散策の醍醐味です。

「社員が自分たちで、あれをここに植えたい、これをここに植えようと皆で考え、植栽をしています。わざわざ最高顧問に『自宅に咲く〇〇を、ここに植えてもいいか?』と確認し、丹精している者もいますよ(笑)。そんな花たちの見頃については、公式ホームページに詳しく掲載されていますので、目的の花を探しに来てください」

写真上が、大きな花を咲かせるミズバショウで下が可憐なワサビ。大小、白い花の競演も見応え十分!

散策を楽しんでいて喉が渇いてしまっても大丈夫。ガーデン内には、地下130mからくみ上げている地下水を汲んだり(おひとり様20リットルまで)、飲んだりできる水飲み場も完備され、開放されています。アルプスの雪解け水が長年月をかけてろ過され、ミネラル分を蓄えて地表に戻った至高の天然水をご堪能あれ。

地下130メートルからくみ上げている水飲み場。散策途中に是非立ち寄りたい。中央アルプスと南アルプスに挟まれた地ならではの格別な味だ

ガーデンの隠れたお楽しみスポット

実はこのガーデンには、まだまだ多くの楽しみがあります。まずは箕輪町出身の植物細密画家・野村陽子氏の植物細密画(ボタニカルアート)を常時30点ほど展示している、入場無料の「野村陽子植物細密画館」。実物大で描かれた花や果実は立体感に溢れ、ジッと見つめていると描かれた紙から今にも抜け出してきそうな気配を感じるくらいです。 野村氏は現在、山梨県清里高原を拠点に活動されていますが、季節の変わり目には必ず同館を訪れ、絵を入れ替えられるとのこと。年に4度、季節に応じたリアルな植物たちの新しい細密画を堪能することができますのでお楽しみに。

見晴らしも抜群な、ガーデン最上部に作られた「野村陽子植物細密画館」。リアルで精緻なタッチを間近に見ることができる

そしてもうひとつ、影の目玉ともいうべき意外なお楽しみが、ガーデンの西の端に建つ「健康パビリオン」。ここでは、散策途中でフラリと訪れても予約なしで運動能力の測定や食生活についての相談ができます。具体的には、血圧、血液の循環の測定や脳年齢や視力の検査、跳躍力やバランスの測定などを受けられるだけでなく、イベント感覚で楽しめるウォーキング体験や栄養バランス学習コーナーなどを設置。子どもと一緒に健康について楽しみながら学ぶことができます。予約制かつ有料にはなりますが、骨密度や体成分、血管年齢などを測定してもらうことも可能です。

「健康パビリオン」には、約200種類の寒天製品を販売するショップも併設。有料測定は、骨密度・体成分が各300円(セットで500円)、血管年齢が1000円。問い合わせ、予約はTel.0265-78-2552

「長野県から、栄養ケア・ステーションとして認定されたのを機に、現在はそれまでの看護師に加えて栄養士も常駐し、訪れてくださった皆さまの健康のケアをしています。今はコロナ禍の影響で、マンツーマンによるカウンセリングのみですが、いずれはセミナーなども開催したいと思っています」

緑の中を散策し、美味しいものを食べて身も心もストレスフリーになったその場で健康診断ができるなんて! そんな施設は、日本広しといえども、ここ伊那にしかないのではないでしょうか。

わくわくする楽しい店が仲間入り

2022年3月18日(金)にガーデン内にオープンした最新の複合商業施設「モンテリイナ」。営業時間/9:30~18:00 (夏季〜19:00/冬季〜17:00)、イートインカフェ 10:30~16:30(ドリンクのみ~17:00) 長野県伊那市西春近広域農道沿い Tel.0265-77-2828

そんな至高のガーデンに新しい複合商業施設が仲間入り。去る3月18日(金)、お披露目されました。店名の「monterina(モンテリイナ)」とは、フランス語やイタリア語の“山”の表現に伊那(ina)を組み合わせた造語で、延床面積2320㎡という広さ誇る2階層の店内には、全国に散らばる伊那食品工業の社員たちが「美味しい」とリコメンドする商品や地元の若手農家育成のために配置した産直コーナーの生鮮野菜をはじめ、コンセプトである「おいしい出会いのある食のセレクトショップ」に相応しい約1200点もの和洋菓子や地域の特産品を全国からお取り寄せしています。その他、店内には昨年の世界酒蔵ランキングで7位に輝く「今錦」を擁するグループ会社「米澤酒造」の、試飲もできる直営コーナーや40席を用意したカフェ&ベーカリー、東京・駒形に本店を構える「KONCENT(コンセント)」とコラボしたデザインプロダクトショップも軒を連ねています。イートンカフェスペースにはペットOKのテラス席もあり、今後ドッグランも併設されるとのことです。

店内には、地元の生鮮野菜、国内外の特産品などの飲食品、デザイン小物など、生活を豊かに、楽しくしてくれる商品が2000アイテム超並ぶ。イートンカフェスペースでは、オリジナルのジェラートなども楽しめる他、ペットとのんびりできるテラス席やドッグランも完備。散策帰りに立ち寄りたい

「地元のありとあらゆる人がもっと楽しめる要素を作りたかったんです。だから、地域の人も他所からここを訪れてくれた人もハッピーになるような、ワクワクする楽しい店を目指したいと思っています」

ユニークなのは、カフェ&ベーカリーの一角に設けられた「羊羹コレクション」。ここには、全国津々浦々の羊羹が顔を揃えています。寒天メーカーだから当然ですって? いえ、このコーナーには、かんてんぱぱの寒天を使用していない羊羹も並んでいるんです。つまり本当にニュートラルに、社員が美味しいと思った羊羹だけを集めたということなんです。商品を入れ替え、できるだけ多くの羊羹を紹介しながら1年間は続けたい、と塚越社長。今までは長くても3~4日の開催だった「羊羹コレクション」が、365日以上続くのですから羊羹好きは必見です。

この場所を、地域のランドマークに

「実は下の沢渡工場にある水槽がひとつ空いて、どうしようかと思案していたところ、社員から岩魚の養殖をしてみたい、という声が出たんです。当初は純粋に面白そうだから賛成したところ、どんどん盛んになってしまいました。プロジェクトに参加している者が自分たちで左官をやって、コンクリート製のプールを3つもこしらえて、今では最大2000匹の岩魚が泳いでいます(笑)」

3つの水槽でサイズ別に管理。こういうことを社員が楽しんで行える企業風土はきっと、ガーデンの維持管理で培われたものではないでしょうか

どこかの補修ならいざ知らず、コンクリート製のプールを拵えてしまう社員がいることも驚きですが、それを許し、敷地内に岩魚の養殖場を作ってしまった社長の決断もなかなかすごい。でも、その岩魚はどこに行くのでしょう?

「皆で美味しくいただいていますよ(笑)。燻製にしてみたり、綿実油に漬けてオイル漬けをつくってみたりもしています。綿実油と岩魚、これが実に合うんですよ(笑)。で、当初はビジネスのことなどまったく考えていなかったプロジェクトですが、今は『モンテリイナ』オリジナルの目玉商品になってくれるのではないかとも期待しています」

豊富な地下水を使用して、ゆったりとしたスペースを取って育てられる岩魚。塩焼きでシンプルにいただいても、丸々として実に美味しそう

この新しいセレクトショップ。どうやら近県をはじめ各地から多くのお客さまが押し寄せることは間違いなさそうです。岩魚のオイル漬けのように、この店に来なければ買えないという商品が充実すれば、その人気は不動のものとなるに違いありません。

となると、今後のガーデンはどのようになっていくのでしょうか?「今、『モンテリイナ』の開業に合わせて、少しだけ本社の方に通じるアプローチを改修していますが、最高顧問が感銘を受けて作ったという本質を変えるつもりはまったくありません。それどころか、『かんてんぱぱガーデン』のようなエリアをもっともっと広げて、地域の方々や社員に快適に過ごせる場所を提供したい。そしていつか、この場所を色々な意味で伊那市のひとつのランドマークにできればいいなと考えています」

パーソナルリコメンドは“苔”

伊那食品工業本社社屋に隣接する駐車場周りの様子。見事に苔が生えそろっているのが分かる。ここに駐車する際には前向きに!

最後にひとつ、そう力強く答えてくださった塚越社長に訊いてみました。

―社長が個人的に、「かんてんぱぱガーデン」の好きなところ、お薦めしたい見どころはどこですか?

「実は、苔です。本社や水飲み場の周りの赤松の根元を見てみてください。『苔を守り育てている』と書いた看板を設置するなどの努力の甲斐あって、まるで京都の古刹にいるような気分になりますよ。ちなみにこれだけ育ってくれるのに、優に10年は経っています」 

インタビューを終えて本社を後にし、駐車場までの道すがら、赤松の木々の根元に目を向けると、綺麗な苔で優しい雰囲気の緑一色に染め上げられていることに遅ればせながら気づきました。見回せば、美しいビロードの黄緑色の絨毯のよう。なるほど、これは見応え十分。散策される人は、是非、苔にも注目してみてください。『かんてんぱぱガーデン』がある幸せを噛みしめられること間違いなしです。でも、くれぐれも立ち入らないように!

駐車場の間の細い植栽スペースにも、びっしりと苔が。苔マニアならずとも、思わず見惚れる美しさだ

「話を聞いた人」

伊那食品工業株式会社 代表取締役社長

塚越英弘さん1965年生まれ。日本大学農獣医学部卒。大学卒業後、自動機械装置メーカー勤務を経て、97年に伊那食品工業に入社。2005年に専務取締役、16年に副社長。19年2月に代表取締役社長に就任。日本寒天工業協同組合代表理事。バイクを愛し、年に一度は同じ趣味を持つ社員とツーリングを楽しむアウトドア派でもある。

『かんてんぱぱガーデン』

他にも、展示会や発表会、講演会などにも利用できる多目的ホールを擁し、館内に茶房・桂小場を併設する「かんてんぱぱホール」もある。

〒399-4497
長野県伊那市西春近広域農道沿い
TEL:0265-78-2002(受付時間/9:00〜17:00
公式ホームページ:https://www.kantenpp.co.jp/garden/

伊那市産業振興プロジェクト 編集部

「伊那谷の産業と暮らしを豊かにする」をキャッチフレーズに、様々なコンテンツを制作しています。