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ドローン物流による支え合い買い物サービス「ゆうあいマーケット」

2020年8月に本格的な運用が始まった、ドローン物流による支え合い買い物サービス「ゆうあいマーケット」。伊那市新産業技術推進ビジョンの施策のひとつで、中山間地域における買い物困難者の支援や地域経済の振興を目指し、現在は、長谷全域と高遠の中心部以外、富県の新山地区の高齢者世帯を対象にサービスを提供しています。ドローンは、このうち長谷溝口、黒河内、中尾、市野瀬、杉島・浦の地区への配送に利用されています。

自治体が運営主体となるサービスとしては国内初の試みということもあり、たびたびメディアでも取り上げられているため、すでにご存知の方も多いかも知れません。2021年には「MCPC award(※)」でグランプリ・総務大臣賞を受賞し、さらに注目が集まっています。

本格運用から1年半が過ぎた今、地域ではどのように活用が広がっているのでしょうか? 利用者の反応と気になるお金事情まで、伊那市役所企画部企画政策課新産業技術推進係の安江輝係長に聞きました。(聞き手:産直新聞社 上島枝三子)

※モバイルコンピューティング推進コンソーシアム(MCPC)では2003年以降、「MCPC award」 を開催し、モバイルシステムの導入によりIoT/AI分野での「業務効率化」、「業績向上」、「顧客満足度向上」、「社会貢献の推進」、「先進的なモバイル活用」等の成果を上げた事例を顕彰し、モバイルソリューション、IoT/AIシステムの更なる普及促進を図っている。

「ゆうあいマーケット」注文はケーブルテレビ、配送はドローンで。

伊那市新産業技術PR映像「ゆうあいマーケット編」

――はじめに、ドローンで商品が届くしくみを教えていただけますか。

安江輝係長(以下、安江) まず利用者が、ケーブルテレビの専用画面か電話で商品を注文すると、配送元の店舗に注文が入ります。店舗スタッフが商品をピックアップし、今度はそれを、集落支援員が引き取り、道の駅に設置されたドローンポートまで運んでドローンに積載します。ドローンは運航委託事業者による自律無人飛行により、予め決められた空のルートを通って利用者の自宅近くの公民館などの着陸地点に到着。地域のボランティアが受け取って注文者のご自宅に届ける、というしくみです。

長谷エリアの配送ルートイメージ。河川の上を通る“空の道”が使われている

――どんなものが購入できるのでしょうか?

安江 日用品から食品までさまざまです。ケーブルテレビでは、ニシザワ(※)の商品380品目を店頭価格で購入できます。利用料は月1000円で、商品の代金はケーブルテレビの利用料と一緒に口座振替で決済されるので、支払いの手間も省けるというわけです。平日午前11時までに注文すると夕方までには届けられる速達性も地域の皆さんに喜ばれています。

※1食料品・日用品・衣料品などを中心とした総合ショッピングセンター

――本格的な運用開始から1年半が経過したところですが、利用者の反応はいかがですか?

安江 現在は長谷全域と高遠の中心部以外、富県の新山地区の高齢者世帯を対象に運用しているのですが、「普段は移動販売を使っているが、細かな商品がすぐに届くので使い分けている」とか、「夕方までに届くので、買い忘れがあったときなどに便利」、「季節のお勧め商品やセットが、その都度表示されて注文できる」など多くの声が寄せられています。また、「ケーブルテレビの画面は表示が大きく、使い慣れたリモコンで注文できるので都合がよい」と使い勝手の良さも評価していただいています。地域の高齢化に伴って、「これから5年後、10年後にはもっと多くの人が必要になるサービスだと思う」という声や「ドローンで運んできてくれるのがすごい」という率直な感想も寄せられています。

長谷中尾公民館に着陸するドローン

――ドローンで運んだ商品を、最後は地域のボランティアの手渡しで届けるというのも、特徴がありますよね。

安江 そうですね。ゆうあいマーケットは、地区の集落支援員や地域のボランティアが、配達しながら利用者に商品の要望を聞いたり、生活の中で困りごとがあれば行政や社会福祉協議会等と連絡を取り合って対応したりという、見守りを兼ねたサービスになっています。

――買い物という目的だけでなく、一人暮らしのお年寄りの孤独感を解消することや、会話のきっかけづくり、社会との繋がりをつくることにも一役買っているんですね。

安江 ある地域を担っていただいているとあるボランティアさんは、市外から移住された方ですが、実際にドローン配送が始まってから「配達を通じて地域の方々とコミュニケーションをとるきっかけができて良かった」とおっしゃっていました。また福祉関係者も、これまで訪問など限られたなかでしか状況がわからなかった独居の方などの対応ができるようになったとお聞きしています。利用状況は、2020年8月から2022年2月末までに延べ1183世帯が利用し、2,289千円の売り上げがありました。直近2月のドローン稼働率は66.7%となっています。集落支援員等による各戸訪問や、地区説明会の開催など地域に根付いた取り組みにより、少しずつ地域に浸透してきていると感じています。商品も要望が高かったビールを取り扱うようにしたりと、常にアップデートしながら事業を進めているところです。

ドローンから商品をおろす地域ボランティアと受け取りにきた利用者。公開時には多くの報道陣が集まった

進む少子高齢化。増える買い物困難者を新産業技術で支援

――このサービスでは、中山間地における買い物困難者を支援することを主な目的としていますが、伊那市でも以前からそうした声は多く寄せられていたのでしょうか?

安江 はい。買い物弱者の支援は今や全国的な課題となっていますが、伊那市でも高齢化の進展により、買い物や交通に不便を感じている人が多いことが2015年の社会福祉協議会の調査でわかっていました。例えば、身近な商店の撤退や路線バスの廃止などにより、日常の買い物や、生活に必要なサービスを受けることが難しくなることや、免許の返納で車の運転ができなくなり移動に制限があるといったことです。

――田舎で暮らすなら車は必需品ですからね。

安江 2021年度の市の統計データでは65歳以上が31.5%という状況ですが、高齢化の進展により買い物困難者の増加は今後さらに進むものと予想されています。
こうした状況を踏まえて、市ではドローンやAIなどの新技術による産業振興や地域課題解決を図る産官学の共創コンソーシアム「伊那市新産業技術推進協議会」を2015年に設立し、「伊那に生きる ここに暮らし続ける」を目指す姿とした「伊那市新産業技術推進ビジョン」を策定しました。

AIオンデマンド乗合タクシー「ぐるっとタクシー」や、オンライン診療による移動診療車「モバイルクリニック」、移動市役所「もーば」の運用もそのビジョンに沿って進められているものです。高齢により移動が困難であっても、買い物や医療・行政サービスを受けられ、地域に住み続けることができる手段として、新産業技術を活用していきます。

――テクノロジーの力を活用して、住み続けられる社会づくりが今まさに進められているんですね。

新産業技術導入の気になるお金事情

道の駅南アルプスむら長谷のポートで実証中のドローン

――新しい機械や技術を導入するためには、機材の購入費や人材の確保に莫大なコストがかかるイメージがあるのですが…。

安江 最新のテクノロジーを活用する新産業技術には初期投資が必要ですが、国は地域が持続するための地方創生推進交付金や地方交付税を用意しています。特にデジタル田園都市国家構想のように、先駆的な地方のデジタル化に対してはそれらを集中的に支援してくれており、日本初の自治体運営によるドローン物流サービスの構築には総予算のうち95%、支え合い買い物サービスの運用には80%が充てられています。

――そうだったんですか! 資金のほとんどが国からのお金で賄われていたとは知りませんでした。

安江 伊那市の取り組みには民間企業も注目しており、モバイルクリニック車両の構築にあたってはトヨタ自動車のファンド「トヨタモビリティ基金」から全額交付されています。無人ドローンによる輸送や、ぐるっとタクシーやモバイルクリニックのように1台を複数の利用者や医療機関で共有する仕組みは、SDGsに提唱されている持続可能な社会の構築と運用のためには、新産業技術は今後不可欠になるでしょう。

モバイルクリニックの車両

――新産業技術を活かしたまちづくりを進めるには、国や民間企業とうまく連携することが大切ということでしょうか。

安江 はい。ドローンを安全に飛行させるためには、情報通信や精密な地図情報等の新産業技術が必要です。そのため伊那市では、ゆうあいマーケットの開発・運用にKDDIやゼンリンといった国内のトップ企業にご協力いただきながら、地元企業と連携し持続可能なサービスとして構築することに力をいれました。また、商品提供を行うニシザワや、商品の注文・発注・決済などを伊那ケーブルテレビジョン、ドローンを運行する一般社団法人信州伊那宙のほか、地域の商品要望やサポートを行う集落支援員、ドローンから取り出した商品を配達する地域ボランティアなど、多くの地元企業や地域の手によって支えられているのです。

――まさに「支え合いサービス」ですね。

安江 ドローン物流や買い物サービスは本来民間事業者が行うべきだと思いますが、民間物流事業者も、地方では配送ドライバーの確保が困難であったり、高齢化が進む山間地では売上が見込めないことから商店が撤退したりするような状況です。

収益性が見込めない地域こそ、行政が新産業技術を使って効率的にサービスを提供することは、今後少子高齢化が進む地方では必要な手段となると思います。国も中心市街地や都市部でのドローン物流のための規制緩和を進めており、今後は全国で民間事業によるドローン物流サービスが進むといわれています。そうなれば、まだ高い機体や運用コストが下がるなどの相乗効果も期待できると思っています。

――さまざまな場面でドローンの活用が広まれば、またさらに改良が進んで、より安全で快適な地域の暮らしにも繋がっていくかもしれませんね。本日はありがとうございました。